考えさせられごとの最近のブログ記事

Life is beautiful: "Less is more"なもの作りと合議制と

「次世代ケイタイ」の企画書作成にいったい何人の人が関わっているか、いったい何ページのドキュメントを書かなければならないのか、その企画書を通すためには何回の会議と何人のハンコが必要なのか。その辛さは外にいても伝わって来る。

まあ正しさなんて定義できないものだと思いますが、
全員が反対しないモノは、だいたい、ダメなのかもしれません。
具体性がないか、意味がないか、新規性がないか。

まだ梅田望夫「ウェブ時代をゆく」を入手すらしていない私(書店にあったら買うと決めているが、たまにいく書店では並んでない)だが、ブログ上での紹介やインタビュー記事などからキーワードは拾えるので、読んでもないのに考えさせられていて、ウェブって怖いですね。

小野和俊のブログ:現代という時代において、遊び人が賢者になるための道

私は、梅田望夫氏の「好きなことを貫け」というメッセージを全面的に肯定している - つもりだった。 しかし梅田氏が「徹底的に勤勉であること」という表現を使っているのを見て、 私の考えている「好きなことを貫く」ことと梅田氏の考えている「好きなことを貫く」こととは 異なるものなのかもしれないと感じている*1。

*1 とはいえ、梅田氏の「けものみち」や「優等生」に対する発言を考えると、ベクトルは同じで、程度の問題なのかもしれないと思っている。

で、「好きを貫け」で「けものみち」である。

「好きを貫いている人間が勤勉といえるのかどうか?」という文脈での「勤勉」とは、「勤勉な奴はいやなことを淡々とこなせてすごいなぁ」という意味での「勤勉」であろうと思う。
で、逆に「ドラクエに100時間集中できる俺ってなんだんだろうな。これも一種の勤勉なんじゃなかろうか」という展開もありではないだろうか。

前者は「好きでもないけど勤勉な人であれば続く」
後者は「好きなことには誰しも勤勉になってしまう」
ということである。

世の中に意味のある結果を出すには、好きか嫌いかにかかわらず、勤勉であることは求められる。
なら好きなことに勤勉になった方が楽だし、アウトプットも質が高くなるんじゃなかろうか。

背景として、「好きなことの延長で勤勉になり、アウトプットを出す」という考え方自体が、現代では成立しやすくなってきていて。すごく昔は「物理学オタク」とか「化学オタク」が学術的に高い成果を残してノーベル賞、だとか、割と狭い門だったのかもしれないけれど(極論)、最近はいろいろ間口が広いよね、と。特にコンピュータ系はたくさんチャンスあるよね。・・・という展開があるのかなぁ、と想像する。

ニッチをみつけて、そこに他人より早く存在を成立させることが必要なのであって、好きか嫌いかは本来あまり関係ないのだろう。
だが、そこに向かっていく方法として、「好きである方が成功しやすい」「苦手な分野もやってるうちに好きになって気がつけば第一人者」なんていう話は、戦術としてあるんだと思う。


というわけで、まだ、「Web時代をゆく」を読んでいない。

すごいすごいすごい。

ほぼ日刊イトイ新聞 - 社長に学べ!

プログラムをやる人だって、 自分のやりかたがいちばんいいと 思っているからそうしているのであって、 いちばんいいと思っていなかったら、 プログラムを変えているわけですから。

そんな人どうしが一緒に開発をすると、
プログラムでは
「このやりかただと
 ここと合わないから変えてよ」
という話がおたがいに出てきたり、
絵を三人が描けば
画風はそろわないですから、
ひとつの商品に入れようと思ったら
誰の作風にしようと
決めないといけなくなりますよね。

そうすると、かならず衝突が起こるんです。
だってそうですよね、
クリエイションはエゴの表現ですから。

エゴの表現をしあっている人たちが、
なにもしないで
考えを一致させるはずがないんです。

みんな善意と情熱でやっているから
「自分がただしい」んですよね。
全員が「自分はただしい」と思っていて、
ぜんぶちがう方向を向いているのを、
どうやってそろえたらいいのだろうか……。

ある意味では、開発の仕事というのは、
とてもいいマネジメントのための
訓練だったんですね。

あたりまえのことではあるんだけど、
こんなにカンタンで、こんなにわかりやすくて、
こんなに響く表現ができるだろうか。

subtech - Bulknews::Subtech - アニメとかのあれ

日本のアニメ2話(60分)のスタンダードDVDで6000円とか、どうみてもぼったくりだし、ファンががんばってお布施しても次のシーズンにつながるアニメはほんの一部。焼畑農業もいいとこ。

シリーズで1万円くらいなら、買おうかな、と思うDVDは多いんですけどね。付録のブックレットとか手を抜いてもいいから、値段を下げたほうが、売り上げが増えて業界のためかもしれません。
リーチ重要。

ぜひ、バンダイビジュアルとかにがんばって欲しいところです。

ユメのチカラ: ポアンカレ予想

プログラミングすることの楽しさ、わくわく感、そんな経験をどうにかして伝えたいと思う。

モノをつくる、ということは、ある種の問題を解くことだ。
いいモノをつくる、ということは、いくつもの問題を同時に解くことだ。
それは使う人が抱えている問題だけではなく、作り手側のさまざまな制約を解決するということも含む。
解けたときはとてもうれしいし、使ってもらっていい反応をもらった
ときは幸せだ。

「ほぼ日」でいまをときめく任天堂の岩田社長の話が載っている。
WEB+DB PRESS Vol.41の後ろのほうのページに書いてあったので知った。)

任天堂の岩田社長が遊びに来たので、みんなでご飯を食べながら話を聞いたのだ。 - HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN - 1101.com

岩田 で、ゲームの話に戻っていうと、多くの場合、 おもしろさが足りなくて悩むわけです。 当然ネタがたくさん仕込まれてるほど、 おもしろいわけだし、人は満足してくれる。 でも一方で、つくるのに割り当てられる 人材の量や時間は有限です。 有限の中で「多いほどいい」って言われたって、 解決できないわけですよね。 でも、ときどき、たったひとつのことをすると、 あっちもよくなって、こっちもよくなって、 さらに予想もしなかった問題まで解決する、 というときがあるんですよ。

プログラミングについては一切書いていないけれど、
ものづくりとは何か、何のためにモノを作るのか、
すごくよく伝わる。さっすが。

プログラミングの楽しさを使える場合、
ソースコードそれ自体、ではなく、解決できた問題、
解決するときのメンタリティというのは、
普遍的なので、伝えやすいのではないか。

そういういい例が、この記事だなぁ、と思った。

- - -

前回のエントリで、分業による知識の分割損の話があった。
岩田さんはこのいい反例であろう。

ソフトウェア書く側の出身の社長さんなので、まずそこにいる人たちがどういう風に課題に直面し、困るかがわかってしまうのだと思う。それは積極的に聞かなければ決してわからないだろうから、そういう努力が必要なこともわかっているし聞き方もうまいのだと思う。岩田さんはユーザーではなく、会社の中の人たちの問題を(も)うまく解決しているのだろうと思う。

任天堂の岩田さんとか宮本さんとか、
ほかにもジョブズとかMIT石井裕さんとかの話に
私が興奮するのは、
普遍的な問題解決の話が「カッコいい」と思えるからなんだろう。

爆笑問題がNHKでやっている「爆笑学問」という番組で、
慶應大学の先生たちと議論する特番をみた。

そのなかで北海道大学の先生が
「南北問題が、国内の格差問題に置き換わっていく」
という知見を話していて、なるほどなあ、と思った※。

- - -

ある程度勝手に解釈するとこういうことだ。

これまでは国と国の壁は厚く、
人や情報、資金の移動は制限されていた。
なので、先進国と途上国の間の格差は、
すなわちそこに生まれ、住む国民の
生活水準や賃金、能力その他の格差も生んでいた。

しかし、グローバル化が進展し、
交通機関の発達で、人は動ける
金融の発達で、金も動く
英語とインターネットの普及で、学ぶ機会や職業機会が増える

そうなってきて、国と国との格差が縮小、それ以上に、
生まれた国と、個人の機会が疎結合になる。

人は国を越えて競争しなければならなくなる。
ほかの国の安くて性能のよい製品、
優れたコストパフォーマンスの人材、
そういうものと競争することになる。

一方で、同じ国の中でも、
機会を得る人間と得られない人間の差は
逆に開いてしまうかもしれない。
割のいいバイトはもっと優秀で勤勉な外国人に
とられてしまうかもしれないのだから。

- - -

「その競争ってなんだ?」
太田が提起する。

きっとこういうこと。

もし、日本語が現在の英語のような役割を占めていたら、
ある日本人コメディアンは、日本以外の国にも活躍の場
が大きく開け、国内だけを相手にするよりも、圧倒的に
大きな富を得たかもしれない。
逆に、ほかの日本語の国のすばらしいコメディアンも
日本に入ってきて、より広範囲の切磋琢磨が起こる。

それが、現在、英語圏に起こっている変化であり競争だ。
それはほぼすべての職業行為に影響するのではないだろうか。
食っていくためには、競争に勝つか、ニッチを見つけ出さなけれ
ばならない。それが、より難しくなるってことである。

あなたの仕事を、あなたよりも安く正確にすばやくこなす
人材がたくさんいたなら、そっちのほうを雇ったほうが
企業として理にかなっている。
雇う側の担当者も、同じように評価されるので、効率的に
合理的に採用するしかない。

・・・戦う前に勝ってしまっている競争を、人は競争とは考えない。
しかし、勝つのが当然ではなくなったとき、それは競争と認識される。
インドへのアウトソースによって、アメリカ人であれば当然得られた
優位性が失われたとき、それは競争になった。


- - -

自分の世代より、子供たちの世代のほうが、
とても豊かかもしれないが、とても大変だろう。
とても楽しいと思えるかどうかは、その人次第かなぁ・・・。


※村井純先生が何度もうなずいているのが、印象的だった。
いい場所に座っていたから目に付いただけかもしれない。

MBA勉強エントリーに注目中。

Life is beautiful: チームとは (The Discipline of Teams)

ここで大切なのはチームの目的(=存在理由)が(たとえ最初はそれが上司から与えられたものであったとしても)メンバー全員でしっかりと共有された、彼ら自らが望むものであること。

元論文を流しよみしてみます。
分からない単語は読み飛ばすのが重要(だって、ぼくは宿題じゃないし)。

- - -

ワーキンググループは個人の力の足し算でしかないグループ。
チームは個人の力の合計以上の成果をあげるグループ。

特徴はこんな感じらしい。

[ワーキンググループ]
* きわめて集権的なリーダ
* 個人の責任
* グループの目的が組織全体の目標
* 個人の生産物
* 効率的な会議
* 有効性は他の要素で間接的に測る(儲けとか)
* 議論->決定->任命

[チーム]
* リーダシップの役割を分担
* 個人および共同の責任
* チーム自身が考えた確たる目的
* 集団で生み出す成果物
* 結論のでない議論の奨励、活発な問題解決野ミーティング
* 有効性は成果物で直接測れる
* 議論->決定->いっしょにやる

うーん。うーん。
要はコラボレーティブ・ワークということだが、チームを作るのは、なかなか骨が折れそうです。
足し算の力が出ているだけで十分すごい気もしますが、それじゃだめだ、と。

- - -

[ワーキンググループ] = 分業のしっかり決まった大規模プロジェクト
[チーム] = アジャイル、ペアプログラミング

という対応も出来ると思います。やっぱり前者で100%の力を出すだけでもすごいかも。

My Life Between Silicon Valley and Japan - 取り返しはつかない

"この世間で好きな仕事をしようと思ったら、必要なことはするしかないが、義理は欠くしかないということである。"

義理を軽んじろ、ということではないが、誰も「あなたしか出来ないはずの仕事で、あなたがもっともやりたい仕事」になんか、責任を持ってはくれない。

- - -

なくなられた河合隼雄さんについて。

学生のころ、ヒューマンインタフェースシンポジウムで、河合隼雄さんの招待講演を聞いたことがある。もう10年以上経ってしまった。内容は覚えていない。当時の自分は、本当になにも分からない学生だったと思う(そして現在も、当時と違うのは学生でないってことくらいだ)。もったいないはなしである。

ご冥福をお祈りします。

My Life Between Silicon Valley and Japan - 「好きを貫く」のはそんなに簡単なことではない。意識的で戦略的でなければ「好きを貫く」人生なんて送れないよ。

こんな難しいことを本気でやり切ろうと思ったら、くだらない粗探しなんかしてる暇もなくなるはずだ。

禿同。

その仕事はグローバルに普遍的な価値を持つか?中長期的には人の活動も企業活動も、そこにフォーカスしなきゃなんないだろうと。ニッチでもよいから普遍的。

好きじゃなきゃ、それに意味があると信じられなきゃ、できないんじゃないかと。
そうでなければ、興味もなさそうな他者を説得して引き込んだり、芽が出るまでじっと耐えたり、そういう必要なこともできないはずだから。

テレビで偶然やってた映画です。すごく感動しました。

卒業の朝
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システムは、一定のエラーを生み出しつつ、それを許容して、全体としてうまく動作していくもの。
ひとつの事例で揺らぐものじゃない。
正しくあろう。正しいと思うものを信じよう。

・・・書いちゃうと軽薄なんだよな。でもなんかすごく力をもらった。

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物語のキーマンであるベル君のイメージが、ブッシュJr.と重なります。
学生時代は、割と問題児だったと聞きます。イエール大。親子で上院議員。

他人の言葉を理解するためには、少なくともその他人の知見の土台となる知見は知っていなくてはならない。

404 Blog Not Found:「群衆の叡知」ではなく「叡智の群衆化」

もう一つの重要な条件が、「みんなの教育」である。こちらは「群衆の叡智」なる言葉が注目される前からゆっくりと進んだトレンドなので見落とされがちだが、「みんなの教育」が向上していれば、より早い段階で「みんな」は判断を下すのに充分な理解を得ることが出来るのは当然である。

・・・なので、判断できる程度に広く知るということは欠くことのできない作業であり、一方で、正しい意見の素となるアイデアを生み出すために、何かを生み出せるほど深く知る分野を持っていないと、貢献できない。

- - -

この能力をつきつめると、「イノベーションの達人! - 発想する会社を作る10の人材」 における、T字型の人材、ということになる。

また、「T字人間」、すなわち、「ある技能に秀で、それでいて広い好奇心と探究心、知識を持つ」人材は、別分野の知見から新たなイノベーションを引き起こす「花粉の運び手」としてイノベーションに欠くことができない人材として紹介されています。

自分が深く知らない分野のことを知っている人を尊敬し、会話・理解できる能力が重要ということ。

- - -

自分以外の人は、何かしら自分よりも深い知識を持つ分野があるはずなので、その実践訓練の相手には事欠かない・・・・ということもいえるんじゃなかろうか。でも、知らない知識を、土台となる前提知識なしに「まず聞きにいく」というのは、聞く側・聞かれる側ともに非効率である可能性が高いし、取っ掛かりもなく自分でやみくもに調べるのも難しいので、ヒントとなる単語くらいはもらいにいって、そのあとネットや書籍に聞くのがよさげな感じがする。

僭越ながら、「すごくシンパシーを感じた」ということを記しておきます。
いいなー。うわ、いきてー。

ITmedia News:はてな、アメリカへ (1/3)

「これぐらいの年になると、周りの人は留学や研修で海外に行く。ぼくの妹はロンドンに留学しているし、大学の同期も何人かが海外の大学で勉強している。彼らがいろんな人脈や知識を増やして、帰って来て活躍し始める時に、『今さらどうしようもない』ってくらい追いつけなくなっているかもしれない」

My Life Between Silicon Valley and Japan - 「はてな、アメリカへ」について

よしおかさんのBlogより。刺激になるなぁ。

[未来のいつか/hyoshiokの日記] プログラマの仕事

不思議なことに日本ではソフトウェアの生産工程を設計、コーディング、テストなどとわけて上流工程~下流工程として上流が偉くて下流は偉くない。上流をプロジェクト・マネージャー、コンサルタントが担い、下流をプログラマが担う、そして給料は上流が高くて下流が低いみたいな伝説がある。(過度な類型化による議論)

あ、もしかして、「一人があんましでしゃばっちゃいけない文化」と、
「専門分化」というのは、かなり結びつきの強いものなのかもしれないなぁ、と思いました。

404 Blog Not Found:相続税対財産税

その代わり、遺族は事業を経営する苦悩から開放されるという点を忘れている。

なんとなく納得しかけてしまったのですが、ちょっと違うような気もしてきました。
事業を継承するかどうかは、相続税云々の問題じゃなくて、相続放棄するかしかいか、という問題なんじゃないか、と。

相続が可能なら、しがらみ上、続けないわけにもいかないが、相続税100%ならやりようがない、世間的にも相続を放棄する理由がたつ、ということは、もしかしたらあるのかもしれませんが。

当然こういう形で過剰財産を回収する以上、遺族がまだ未成年の場合に彼らを扶養する義務は社会に持たせるべきであろう。今の日本は、先進国の中では母子家庭の負担が異様に大きな社会でもあるのだ。これに関しては、別Entryをあてることにする。

実感としてはまさにそんな感じがしています。
人生の収支を考えたときに、子供を作る選択をするのが、合理的経済人といえるような社会になっているのかナァ?疑問なんです。結構大変だもの。
というわけで続編(予告された別Entry)に期待してみたり。

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LLDNで小飼弾さんというひとをはじめて拝見し、それからブログを読み始めたのですが、結構うならせます。っていうか記述量がすごくて、それだけでうならせられます。ぎゃふん。

トレーディングカードゲームって言うんですか?
カードリーダー型のゲームが流行っているらしいというのは、なんとなく知っていたのですが。ムシキングとか三国志大戦とか。
これの女の子版に出会い、びっくり。
女の子もハマるんですね。こういうゲームに。

- - -

先週出会った光景・・・。

小学校中学年くらいの女の子が公式バインダーにものすごい数のコスチューム(のカード)を引っさげてゲームしている後ろから、それはもう忌々し気な目で眺めている親御さんがいて。

・・・・「大変だなぁ。(お金的にも)」としみじみ感じました。

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オシャレ魔女 ラブandベリー 公式ホームページ

コインを入れると、まずバーコードのついたカードが出てきます。一つ一つに服、髪型、靴などの絵がかいてある。そのカードをゲームのカードリーダーに通すと、女の子がその衣装に変身。
その衣装がシチュエーション(街角やダンスホール)にマッチしていると、おしゃれ度が上がり、ゲーム(リズムにあわせてボタンをおすだけ)のスコアに好影響が出る。・・・という感じ。

kawaguti's chronical record: 石井裕さんの講演

石井さんの講演メモ。

未来は予測するものではなく、発明するものだ。 "We don't predict the future. we invent it." (Allan Kay)
出すぎた杭は誰も打てない。 (作者不詳)
人生は短い "Life is too short" (慣用句?ニコラス・ネグロポンテ→石井さん)
学際っていう場合、多くの場合、例えば技術系の人がアート系の人と協力し合って、コラボレートすることだと思っている方がいます。

それはどういう仮定を含んでいるかというと、
アーティストは、ハンダ付けしない、電気工学わからなくていい、C++のLanguageが書けなくていい。一方、技術者は、アートの本質的なConceptとかTheoryに貢献することを期待されていない。

これはわれわれにとって本当のコラボレーションだと思っていません。
すなわち各人が、各研究者も教授も、アーティストでありデザイナーでありサイエンティストでありエンジニアであり、なおかつ教授の場合ビジネスマンでもなきゃいけない。
一人の人間がすべてでなきゃいけない。

すなわち、ひとつのラベルを貼って、レッテルを貼って、
あなたは技術者、あなたはCognitive Science(認知科学)、あなたはSociology、
といった時代ではもうなくなっている。

逆に解かなきゃいけない問題がこれだけ複雑になって、
人間、その信義、そのsociety、commitと、
これだけ複雑に絡んでいるときに、それをデザインするときに、ひとつの学問だけでやっていく時代はもう終わっている。

もちろんすべての学問でNo.1にはなれませんけども、
それぞれの言語をfluentに話し、深く尊敬し、そういうチームをまとめられるリーダーでないと、これからやっていけない、というふうに思います。
それがわれわれの学際の違いです。
(石井裕さん)


名言。

未来のいつか/hyoshiokの日記 - いろいろ

無駄なドキュメントを書く時間があるならコードをドキュメントにしろ。

- - -

ソースにコメントをたくさん書け、ということでも、
「ソースにコメント形式で書くとドキュメントに抽出される」エンジン系を使え、っていうことでもなくて(これは別に否定されないでしょうが)、
わかる程度にきちんとコメントを書きつつ、見通しのいいロジックで、
って感じですかね。

私的には、ソースコードって、初回版より次回改造版の方がよいソースコードになります。
やりたいことが整理できて、洗練されて短くなって、やったことを忘れてるので思い出しながらコメントを書き、って感じで。

それでほんとうによいコードになっているかはわかりませんが、少なくともそう信じていますので、前に書いた自分のコードをふたたび見るのは大好きです。
改造が必要ない部分/ファイルでも、コメントだけ書き足してソース管理に入れなおすこともあります。

そうやって改定を重ねて、時を経たソースコードは、やっと、「人に見せてもいいかな」って感じがします。
まぁ、そうじゃないコードも他人に面倒をみてもらわざるを得ない状況は多々ありますので、そんなものを押し付けられてしまった不幸な関係者各位に心の中で平謝りしつつ・・・。

1回目から整ったソースコードを書く方法はないだろうか、と考えたら、それは結局、実装する前にキレイな仕様書を書くのと同じなような気もするわけで。事実上ムリでしょうし。だって作る前から完全な設計図というのは、やることが完全にわかっている定型作業であれば可能でしょうけれど。
ソースコードは容易にコピー&ペーストできますので、「新しいことが一切ない」という場合には、書く必要もなかったりしますので、結局、何か作るときには新しい事柄は入ってしまうもの

で、今たどり着いた何となしの結論は、プロトタイピングです(当たり前・・・)。1回目のリリースを、自分の中では2+回目のリリースにする、と。

いや、そうは問屋がなかなか卸さないような気もしますが。まあ、そういう気持ちで。

- - -

あと、仕様書は、なるべくソースにコピーして、それから実装に入ります。
「料理の鉄人」で、和の鉄人・道場六三郎が最初にお品書きを書くような気持ちです。

もちろん自分で書く場合はをソースにコピーすることを念頭に置いて書きますので効率がいいです。。。

#うわ、自分Loveかよ。
 所詮、受注でない開発者のエゴなのでしょうね。

Don Box氏は 自分の子どもにプログラミング言語を教えるとしたら、どれがいいだろうか、
というのを考え、今のところのリストを書いています。

Teaching my kids to program

リストにあるのは4つの言語。
-Lisp
-ML
-SmallTalk
-Ruby
私はどの言語も、深く使ったことはないですが、
どれも優れた構造を持つということで、有名なものばかり。
(私は、自分はこれらをひとつとして深く学んでいない点が、ちょっとよくないかな、と思いました。)

DonBoxはこれからRubyを学ぼうか、と思っているところらしいです。
なのでリストの最後にあって、かつ、かなり友好的です。

当面の方向性は
「My plan is to learn Ruby and relearn Smalltalk to inform my decision.」
(Rubyを学び、Smalltalkを再学習する。)
とのこと。

ところで、このリストに、彼も手がけた .NETはおろか、世の中で主流を占めた各言語が入っていません。

There are some conspicuous absences from this list. I don't care if any of my three kids ever grok the difference between an abstract class and an interface or between a pointer and a reference, so languages like C++, C#, Java, and VB.NET are out.

「抽象クラスとインタフェース」「ポインタとリファレンス」のあたりの理解をして欲しいわけじゃないから、という感じでしょうか。

- - -

私の中での、各言語の認識具合をカミングアウトしておくと・・・
-LispはEmacs Lispをちょっと触ったくらい。Schema(Lisp処理系の一つ)とかをセットアップはしたけど、まともに覚えて何かを作るところまではやらなかった。学生時代に人工知能系だったのでPrologという言語を使ったが、北米の研究ではLispのほうが主流だったと聞く。
-MLは、その頃、構造化言語として、出てきていて、講義で取り上げる先生もいた。
-SmallTalkは十分に有名だったけれど、あまり普及した処理系がなかった(積極的に探していなかったというのもある)。
-Rubyは(大変、気になるが)まだ触っていない。
ダメじゃん。

DonBoxのおかけで、もう一回勉強しようかな、という気にさせてくれました。
なんて素晴らしいことでしょう。
(おあとがよろしいようで・・・。)

私自身、すごいソフトが書けるわけではないけれど、
プログラミングというのは、ある部分、アートであるのを認めなければならないかもしれない。
それは、商売というのがやはりある部分、アートであるのと同じような感じだけれど。

いやなブログ: ポール・グラハム論法

Hackers and Painters

だから、すごいソフトを書く方法のひとつは、自分でベンチャーを作ることだ。でもそれにはふたつ問題がある。

- - -

アートとデザインは異なる、という2分法は、この文章で知りました。
ほぼ日刊イトイ新聞 -感心力がビジネスを変える!

なんか、たとえ話に反応しちゃいました。

isologue †by 磯崎哲也事務所: ネット投資家の参入による「新しい生態系」

例え話で恐縮ですが、今まで「大型の肉食獣」しかいなかった世界に「アリさん」達が入ってきて、肉食獣が興味を示さなかったものや その食べ残しも、アリさんがきれいにかたずけてくれる新しい生態系ができあがった、みたいな。

昔、伊藤穣一さんが、
「人類は地球上で一番成功している生きものの一つだが、世界中のアリの体積を足すと、全人類の体積の合計を上回る。つまり、アリの『戦略』は、それはそれで生物として成功しているともいえる。」
というような趣旨のことをおっしゃってました。

うまいこというなあ。
なるほど。
イノベーションのジレンマ的展開ですね。

またも梅田さんBlogで考える・・・。

CNET Japan Blog - 梅田望夫・英語で読むITトレンド:ゲーマー世代は上の世代から見ると「異常に生意気」?

もしこの分析がかなり的を射ているのだとすれば、「ゲーマー/ネット世代」が中心になって動く日本社会のある部分は、アメリカのビジネス競争社会(特にIT産業に顕著な苛烈な競争感覚)と、おそろしく似てくることになるかもしれませんね。

ゲームには、集中力を高めるトレーニングになるという正の影響があると思います。
基本的にゲームは解けるようになっているから、「問題は必ず解ける」というコンフィデンスをもって問題に当たるトレーニングになる。

逆に、感情が一方向に向かいすぎてしまう負の面があるとも感じます。
過剰に競争的になる面もあるかもしれません。

でも、これって、コンピュータゲームだからかなぁ?
MBAのケーススタディだって、スポーツ競技だって、(必ず解けるようになっていないかもしれないけれど)、そういう傾向あるんじゃないですかねぇ。

ゲームについて、
「なにかしら明確に(=ある程度、単純化した)目標を立て、
 そこに向かって集中して取り組んで答えを出していく作業を促す装置」
と広めに定義してみれば、どれもそういう正負の影響はもっているんじゃないか、とも思います。

そして競争の過程で、相手のことを思いやれるかどうかは、まさに人間の深みであって、世代によって醸成されるものではない、と思います。

ただ、ネット化によって、
-尊敬される人も、そうでない人も、同じように発言できるようになってしまっている
-若い人ほど推敲なく(後先考えず)、過激な発言にいたってしまう
ということで、若い人の過激な発言がフィルタなしで上の世代に伝わってしまう、ということが多くなっているんじゃないかと推測します。

いつの時代も、若い人というのは、いつでも過激なマグマをグツグツさせているもん
ですしね。

[梅田望夫・英語で読むITトレンド]
バルマーのメモが示すマイクロソフトの成熟化
http://blog.japan.cnet.com/umeda/archives/001368.html

MSのバルマーCEOのメモ。
2番目がソフトウェア業界全体の課題だと思います。

>-Will we be first with important innovations?
>-Will process excellence lead to greater
> ability to make an individual difference?
>-Will our focus on costs hurt employees
> personally and will it hinder new investments?
>-Will we grow and will our stock price rise?
>-Will the PC remain a vital tool, and will
> we remain a great company?

 基本的なイノベーションのプロセスは、どこの企業もだいたい同じだろう、と。
 イノベーションは個人から生まれ、環境(チームとか)がそれを触媒し大きく活か
す。
 研究所を立ち上げて環境を整える大企業もあるし(IBMとかNTTとか日立とか)、
 googleや3Mのように現場の人間に研究開発をする時間とインセンティブを与える
会社もある。
 形はいろいろ。

 ですが、
  「一人一人で動くよりも効率的にイノベーションを(社会的/会社としての)利益に結びつけることができるから、会社という組織が存在するんだ」
 というような企業観があるんだろうと。

 ということで、アイデアを生み出し、積極的に活かす工夫をしていければ、と。
 あ、すげー漠然としてしまった。結論ありません。

2008年8月

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