
今日はやみつきインターフェイスを一つ、吟味してみます。
[ADC-002]ノギス
2回目の今回は、精巧感の心地よさを取り上げようと思います。精巧感を感じることのできる代表としてノギスを選びました。
最近は触れる機会も少なくなりましたが、あの「シトッ」「ピタッ」とした感覚は手が覚えています。1/10mmとか1/100mmのミクロの世界まで正確に測定する工具ならではの、精巧感。
遊びの部分は殆どなく、スライドさせ物を挟んだときにはちょっと身震いする感覚があります。
でもどうして、ノギスのような緻密な商品が、身の回りには少ないのでしょうか?ただ単に技術力、コストがかかるという問題だけではなさそうですよね。
私は「遊びがない」という機能が、影響していると思います。
遊びがないその動きは、精神を緊張、または集中させるような働きを持っているのではないでしょうか?
身の回りにあるものにはある程度のゆとりが必要なため、全てのものにこのような精巧感のあるインターフェイスは適さないのですね。
でも逆に、集中したいときや緊張状態を保ちたいとき、このようなインターフェイスの力を使ってみるのは効果的かもしれません。
ノギスなんて中学の技術の時間に触ったきりだと思うので、もう感触なんてあまり覚えてないなぁ。
ただ、もう少しメンタルな部分で、Microscopicな快感という意味では、顕微鏡の楽しさみたいなのに近いのかな?、とか思った。道具って手足の延長みたいなメタファーでよく例えられるけど、そういう感覚の増幅とか延長みたいな。知覚能力の精度が研ぎ澄まされたような。
確かに、「知覚能力の精度が研ぎ澄まされたような。
」ってのいうのはありますね。ただ、それが道具の持っている感覚の増幅と延長だああ、って軽く片付けたくない気もする。道具の中でも特にこういう精巧なものは、神経をピリリとさせる力があると思います。
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