| 2006/02/24 | [ style] |
表現すること の原点
先日のトークイベントの内容のうち、観覧した人の間で一番話題になったのは、「表現することの原点」でした。
これは、岩井さん、佐藤さんがそれぞれ、いつ表現することにめざめたか、
どんな影響があって表現することをしていたのか、という話です。
もちろん、自転車習得プログラム、など
エピソードがとっても面白かったというのも大きいのですが
幼少時代のエピソードは、なぜかとても心和むものです。
私は、その、「自分の原点エピソード」をもう一度体験してみようかな~と思っています。
再体験することで、そのとき夢中になっていたことがわかるかもしれない。
岩井さん曰く“つくることが楽しいという純粋さ”が見つけられるのかも。
まず、手始めに、幼稚園時代の私の“表現することの原点”エピソードを書いてみようと思います。
・絵日記
とりあえず、なんでもおねえのマネをして育ってきた私は、
小学生になったおねえのマネをして、日記を始める。
人生初めての日記は
「わたしはきょう わたしのたんじようびなので けーきをたべました。」でした。
・泥団子 一番硬い“合金”研究
昔はよく、近所のいろんな場所から土をとってきては、ふるいにかけて、泥団子をつくっていました。
お菓子の箱に20個くらいは常に貯蔵していて、いろんなタイプの団子がありました。
いろんな土質のもの、磨き上げてみごと“合金”にしたもの、何層にもなっているもの。いろいろです。
家の北側と南側に箱をおいて、乾燥具合もためしていました。
そして、つくった泥団子の順位をきめるために、
「コンクリートに落としてもわれないかどうか。」という試練を課していたのです。
落とせば壊れる宝物。落とさないと合格しないただの土。
・・・たしか、まだ最高の一つは隠したまま。
・どこまで伸びるきりんの首
先生をびっくりさせようと、絵描きタイムにひたすら画用紙をくっつけて長い絵を描きました。
両端の画用紙以外はすべて首。
とても興奮したのを覚えてます。
その他にも、“あそび”といえば、紙を切って、洋服をつくったり、アクセサリーをつくったり、していました。
ブロックや、人形にはあんまり興味がなかったみたい。
泥にあそこまで夢中になれたのは、田舎者なれではですね。
今度、都会でできる泥団子大会(合金レクチャー付き)をやってみよう。
参加されたい方はぜひ。
合金ですと!?黒光りで雲母のラメ入りなら作ったことあるけど。
えー。合金ドロだんごの作り方けっこう知りたい。
naOkaさんの原点、面白いですね。
きりんのエピソードが凄くいいなあ。
完成した時はみんな驚いたでしょうね。
泥団子大会、ぜひ参加したいです。
話は聞いたことあるけど、合金状態見たことない。
>おやつ
雲母のつぶは、逆にやっかいなんよね。
あれのせいで、きれいな球体がつくれなかったりして、取り除こうとして、何度も壊してしまった思いであります。
合金は、すげいよ。
黒光りするよ。
スプーン磨いて、顔が見えたときの喜びに匹敵する。
>405さん
ありがとうございます。
なんだか、ほめられると嬉しいです。
それでは、泥団子研究会発足の際にはご連絡いたします。
まずは、いい土を探してみます。
初めての日記だけど、ちょっと違うよぉ…。
『わたしはきょう、おねえちゃんのたんじょうびでした。』
っだよ!!
『ワタシハキョウ』って、どういう意味だと思ってたのかしら???
えっうそ~?
そうだっけ?4歳の誕生日だって。
今度探してみよ~。